


その1 おしゃべりミャーポン


「タカシ、久しぶりだね。」

ネコのミャーポンが、はっきりと喋ったのです。ミャーポンの青い瞳は、タカシをじっとまっすぐ見据えています。その瞳はものすごく緊張していて、何か怯えているようにも見えました。タカシは一瞬ビックリしましたが、なぜか、ネコが喋っているという事実を自然に受け入れることができました。

「ひ…、久しぶりだね、ミャーポン。元気だった?ゴハンとか、ちゃんと食べてる?」

タカシは自然に言葉を返しました。そう、昔の友達と再会したときのように。逆に驚いたのはミャーポンでした。緊張の糸が切れたかのようにヘタヘタっと体を地面に崩し、力の抜けた声で言いました。

「あ、あのさー。驚かないのかよ。ネコが言葉を喋ってるんだよ、ネコが。『ギャー、ネコが喋ったー。』とか言われて、逃げられるんじゃないかとか、捕まえられて研究所に送られるかもとか、ヒヤヒヤしてたんだぜ俺は。まったく取り越し苦労じゃん。そういう驚きは無いの?」

ミャーポンの瞳は、それまでの凛々しさを失い気の抜けた表情を見せました。

「へっ?ああ、そう言われればそうだね。すごいねミャーポン。」

ミャーポンに言われてタカシ自身も、ネコが喋っていることを自然に受け入れた自分に驚きました。それよりも、タカシはミャーポンと会えたこと自体が嬉しくてたまりませんでした。タカシにとってミャーポンも、昔ここで一緒に遊んだ仲間の一人なのですから。それと同時に、タカシはミャーポンのことが心配でたまらなくなりました。

「ねえ、今誰かに飼われてるの?まだ野良猫してるの?何か困ってたら、何でも言ってよ。」

聞きたいことは山ほどありました。どうして喋ることができるのか、あの時なぜ姿を消してしまったのか…。しかしそれよりも、ミャーポンが今困っていることがあったら力になりたい。そんな想いが、タカシの心の中に溢れてきました。

「まあそう心配するなって。おまえこそ上手くやってるのか?もうすぐ中学生だろ。ヒロミちゃんとはキスぐらいしたか?」

そう言うとミャーポンは、岩にもたれて座り直しました。

「は?はぁ?」

思いもよらなかった言葉に、タカシはカーっと赤くなりました。そして、タカシもミャーポンと向かいあう様に小さな岩の上に座りました。ミャーポンは、ニヤニヤしながら話を続けました。

「あの頃、タカシは俺によく相談してたもんな。ヒロミちゃんのこと。『席が隣になったのはうれしいけど、どうやって話しかけたらいいんだろう…』とか、『最近話しづらくなっちゃった。意識しすぎかな。』とかな。俺ネコなのにな。憶えてるだろ?ま、誰かに聞いてほしかったんだよな。」

ミャーポンはそう言いながら、腕を組んで『うん、うん』と頷いていました。タカシは恥ずかしくてたまりません。まさかネコに初恋を冷やかされるなんて、思ってもみませんでした。そしてミャーポンの性格が、昔のイメージそのままだったことにびっくりしました。

「ヒロミちゃんは去年、北海道へ引っ越しちゃったよ。連絡ももう取ってないし、結局『好きだ』とは言えなかったよ。」

「そうか。ま、子どもの恋なんてそんなもんだよ。初恋だろ?いい思い出じゃん。」

「まぁね。いい思い出…。『子ども』って、大人みたいなこと言うじゃん。」

「悪いけど、こう見えても俺大人。お前よりは経験豊富だと思うぜ。」

「そうだね。僕よりフラれた経験、多そうだもんね。」

「何?『僕よりフラれた経験』って、お前フラれたことあるのか?さっきヒロミちゃんには告白できなかったって言ったけど。あ、さては…、そうか、そうか、フラれちゃったのか。仕方ないよなー。俺に嘘つくなよー。」

タカシは図星で何も言えませんでした。『このままでは、ミャーポンのペースに巻き込まれる。』そう察知して話題を変えたかったのですが、ミャーポンの言葉は止まりません。

「お前、もう嘘ついてないか?」

ミャーポンの疑いの青い瞳がタカシに突き刺さります。その瞳は、なぜか真剣でした。

「つ、ついてないよ。」

「本当に?」

タカシもミャーポンの目を見つめていました。すると、ミャーポンの目がちょっと寂しそうになったことに気づきました。これは本当のことを言わなきゃいけない。タカシはそんな気になりました。

「わかったよ。正直に言うよ。『連絡とってない』んじゃなくて、手紙送ったけど返事無いんだ…。やっぱり嫌われてたのかも知れないな。でも、返事くらいくれたっていいと思わない?ミャーポン。」

今度は、タカシが寂しそうな顔をしました。するとミャーポンは立ち上がり、タカシの足元から、トン、トン、トンっと肩に乗りました。そして、タカシの頭を撫でながら心からの優しい声で言いました。

「正直に話してくれてありがとうな。やっぱお前は俺の友達だわ。人生これからだ。もっといいこといっぱいあるさ。」

タカシにとってもはや、ミャーポンがネコだという感覚が無くなっていました。ミャーポンに慰められて、心の底から嬉しくなりました。

「ありがとうミャーポン。ところでお前は今まで何人、いや何匹にフラれたんだ?」

ミャーポンは、スタっとタカシの肩から降りると、また岩にもたれて座りました。そしてタカシを見つめて、真剣な口調で話し出しました。

「タカシ、俺が困ってることあったら、何でも言ってよって言ったよな。」

「あ、あぁ。何でも言ってごらん。何か困ってるの?」

急な話の展開に驚きましたが、タカシはそう言われて、『家にツナ缶あったかなぁ。』『ネコ飼いたいって言ったら、お母さん許してくれるかなぁ。でも、団地だし…。』といろいろ考えていたのですが、ミャーポンの答えは意外なものでした。

「実は、俺の旅に付き合って欲しいんだ。」

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